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悲しみに暮れ、なにがなんだかわからぬうちに、一夜は明けた。自分の父や母が亡くなったときと思いが重なる。持ち主を失った遺品を手渡され、大事に使っていたことを思い出したり、元気だったころの会話や、いろんなことが思い出される。ここしばらく、腰が悪くなって寝たきりだったから忘れていたけれど、元気な頃はとっても働き者だったお義母さん。長年の、パパ出産時の輸血が元のC型肝炎→肝硬変との闘い、、そして肝がん発覚が昨年の11月。。それからたったの10ヶ月。正月に行った那須旅行が最後の旅行となるなんて。。。私の母のときは、がん告知からたったの半年。でもすでに告知の段階で遠隔転移しており終末期に入っていた。それと比べるとちょっと早すぎるように感じるが、長年の闘病で、ついに癌にかかるほど体は弱ってしまっていたのだろう。。来年も正月は旅館でゆっくり過ごそう、と約束したのに。。。 盛岡2日目、朝からの雨が上がり、納棺のあと、「喪中だけれど、めったに来れないんだし、こればっかりは、祭り好きのお義母さんに免じて」と義母の姉たちが地元のお祭りを見に行くことをすすめてくれた。義母さんが孫達に見せたがっていた盛岡の街、お祭りの様子。。。お囃子が聞こえてきて、祭り好きな子供たちはハイテンションに。 八幡様の境内ではヤブサメが。 義母実家のすぐそばの、造り酒屋。酒かすを用いたソフトクリーム、これがビックリ、クリームチーズのような味で美味 夜になり、雨にぬれないようビニールをかぶせられていた山車も、ライトアップして、祭りはさらに盛り上がる。小雨がパラつく中、ビニールははずされ、キレイな山車が全貌をあらわす。実家の目の前の道路を通っていく山車。にぎやかな歌と太鼓。この音を、義母は子供のときから聞いていたんだろう。 夜になり、雨が強くなり始める。日中なんとか天気がもったのは、きっと義母さんがついてきてくれたおかげだろう。子供たちに故郷を案内してくれたのだ。 3日目、肌寒い、土砂降りの中の火葬。体がなくなってしまうのは本当にさみしい。もう手の届かないところへ行ってしまった、と実感させられる。パパもじいちゃんも、言葉は少ない。時間ばかりはあっという間に過ぎ、3連休は終わる。再び新幹線。降り立った東京は、、、、真夏の陽気でうんざり〜〜パパは遺骨を持ってじいちゃんを実家に送っていった。これから葬儀の打ち合わせなどが始まる。まだまだやることは山積み・・・ さて、初めての新幹線。SOUもSAYAも、、特にSOUは大喜びだった。一度乗ったらクセになるのか?また今度はもっと遠くに行きたい、と言い出した。そうだね、おばあちゃんのことが落ち着いたら、おじいちゃんを連れて、お疲れ様の追悼旅行でもしようか。。。 絵を描いて過ごす・・・ 盛岡駅、二人とも荷物運びの名人 帰りも「はやて」で。帰りはSAYAはずーっと寝てました 義母実家の、趣ある古きよき部屋 |
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告知されたその日からはじめる私のがん養生ごはん |柳原 和子
自らがんを患うノンフィクション作家・柳原和子は、長期生存を勝ち得た先輩患者たちを... ...続きを見る |
フコイダンの効果とフコイダンがん抑制作用 2007/10/28 21:52 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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ちかしい人が亡くなることは本当につらく寂しいことですよね。 |
みほ 2007/09/25 23:08 |
みほさん>暖かいコメントありがとうございます、人知れず泣いてしまうことが多くなったこの頃、いない人を思って、いたらどうだったか、とか考えても仕方ないことを考えては悲しくなっていました。見送ってあげること、、、大事なことですよね、悲しんでいるばかりでそのことを考えていませんでした。気付かせていただきありがとう。気持ちを切り替えて元気を出しますね! |
そうまま 2007/09/26 12:15 |
とてもお辛いでしょうね。 |
AZUL♪ 2007/09/26 14:34 |
AZUL♪さん>暖かいコメントありがとうございます。色々思い出すと後悔ばかりですが、多分どこまでやっても後悔はつきまといますよね。懐かしく楽しい思い出を思い出しながら少しずつ気持ちを整理していこうと思います。体調は〜〜あれからちっとも回復せず最悪ですっ(^^; |
そうまま 2007/10/02 20:43 |
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